教育

友達って本当に必要?

友達って本当に必要?

皆さんは子供達から「友達できるか不安なんだ。。」というような
言葉を耳にしたことがありますか。

学生である子供達からすれば、至極当然の感情だとは思うのですが、
個人的には「そんなに友達って要るかな?」「居ない方が楽なのでは?」というように感じます。

その根拠を説明する前に、まず言葉の違いをお伝えします。

元々の言葉の意味

①【友達】
・一緒に過ごしている時間が長く、互いに信頼を築いている関係の人
・相手のことをよく理解し、よく相談に乗ってくれたりする関係の人
・何か問題が起こった時でも、互いの損得抜きで連絡を取り合える関係の人

②【仲間】
・共通の目的や目標に向かって、協力し合える関係の人
・互いに支え合ったり、高め合ったりし合える関係の人
・一緒に何かの物事に取り組んでいる関係の人

③【知り合い】
・お互いの存在や顔や名前等、基本的な情報を知っているだけの人
・一度でも何かしらのコミュニケーションを取ったことがある人
・頻繁な交流はなく、個人的な話をするほど深い関係ではない人

、、、ぐらいが一般的によく言われている違いだと思います。

親密度順で言えば、「友達>仲間>知り合い」ですね。

考察

ではここで問題です。
学校に通う子供たちがよく言葉に出す友達」とは、
上記①~③の何れになると思いますか?

「そりゃ当然①でしょ」と思われる方が多いとは思いますが、
実は違うんです、正解は「②or③」です。

学校が一緒だったり、クラスが同じであったり、
「何度かコミュニケーションをとったり、同じグループに所属しているだけの人たちを、
 今の子たちはすべて友達と一括りにして呼んでる」
んです。

つまり、子供たちにとって「あの人は友達です」というのは
実は「仲間です」「知り合いです」というのとほぼ同義です。

「友達≒仲間≒知り合い」

では「友達」はというと、これは「親友」のことを指します。
纏めると以下になります。

子供たちの認識

・「友達」⇒「(関係性が特に深い)親友」と思っている
・「仲間」⇒「(関係性が中程度の)友達」と思っている
・「知り合い」⇒「(関係性が浅い)友達」と思っている

「親友>友達≒仲間≒知り合い」

なぜこういうことが起きるのでしょうか。
それは主に以下の原因が考えられます。

①「言葉の意味を正しく理解していない」
②「周りからよく見られるように、言葉に意味を足して使用している」
③「友達は、多ければ多いほど良いと思っている」

②だけ分かりずらいので、少し補足します。
日頃「子供たちは、言葉に自分の願望を混ぜて曖昧に表現する」ことが多々あります。
例えば、周りから見れば「よく一緒に帰ってるだけの相手」を「彼氏」or「彼女」と呼んでたり、
「何度か話したことがあるだけの相手」を「友達」と呼んでたりします。

こうなる理由は、「周りからそう見られたい」「そう思われたら嬉しい」と
いうような願望や他者への優越感が混ざっているからです。

他にも、以下のような言葉に本音が見え隠れしてます。
・「彼氏 or 彼女がいる」⇒「信頼し合える異性の存在がいるアピール」
・「友達がいる」⇒「仲の良い関係の人がいるアピール」

まとめ

つまり子供たちは、承認欲求の塊だということです。

「周りから認められたい」or「羨ましがられたい」がゆえに、
ついついオーバーに表現してしまうんです。

また、世の中で「親が子供の言うことを鵜呑みにする」ケースは
良くありますが、これは大変危険です。

この子供たちの周りによく見られたいという本質」を、
大人たちが重々理解して接してあげないと、必ず後に
誤解や食い違いが多発し、トラブルのもとになります。

よって、今の大人たちに求められるのは以下です。

「子供たちの話をすぐ鵜呑みにせず、まずなぜそう言うのか、
他に目的や意図がないのか、一旦相手の心中をよくよく慮ってから、
言葉を伝えるようにする」

例として、子供たちが「友達が欲しい」と言ってきたとします。
そこですぐに「そんなのすぐ出来るよ」というような安易な返答をするのではなく、

①「今周りに信頼し合える仲間がいないのかな」

②「何か話したい相手が欲しいのかな」

③「もしそうなら、代わりに聞いてあげようかな」

、、と言う様に解釈できるようになると、
場合によっては「もし何か悩みがあるなら聞こうか?」というような、
柔軟な返しが出来るようになります。

そして子供たちには、諸々以下も伝えるべきかと。

①「友達は、無理に求めなくても自然にできる点」
②「まずは、仲間を大事することが大切な点」
③「日頃大事にしている仲間の中から、後に友達は出来る点」
④「本当に信頼し合える人は、たくさん居ない方がいい点」
⑤「誰でもすぐ友達になろうとすると、後に面倒ごとが増える点」

日頃から、大人が子供たちの主張に振り回されることなく、
上記のような「本質をしっかり子供たちに伝える」ことが重要です。

そして、その話を子供たちが深く理解することが出来た時、
誤解や争いが減り、より良い社会が近づくのではないでしょうか。

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